ピロのブログVer3

Ver2の続きです

特集記事 近鉄一般車

【特集】近鉄のリバイバル塗装車(Ⅰ)

■ 記事概要

ここ数年、各地の鉄道会社では、昔に在籍していた車両が纏っていた、もしくは在籍車両がかつて実際に纏っていた見た目を再現する、車両外装のリバイバル化がブームとなってきました。近鉄でも、今までに多くの「リバイバル塗装車」が登場しており、2020年6月現在は9種が各系統線区で活躍中です。

今回の【特集】記事では、かつて存在した車両等の話題も交えながら、2010年代から活躍を続ける近鉄の「リバイバル塗装車」を登場順で8回に分けて紹介します。

この(Ⅰ)の記事では、「ラビットカー塗装」とその復刻塗装車である6020系6051Fを主に取り上げます。

※ 今回の【特集】記事は、「ピロのブログVer2」にて、以下のタイトルで掲載した記事の内容をリメイクし、2020.06.14時点までの情報を追加したものです。

【特集】近鉄リバイバル塗装車 …2017.03.24掲載


■ 記事本文

おはようございます。

今回は【特集】記事。紹介する話題は、近鉄の「リバイバル塗装車」です。

前に「ピロのブログVer2」でも取り上げた事のある話題ですが、あれから3年以上が経過し、復活塗装車や復刻塗装編成の総数が若干増えました。中には、復刻塗装を纏ってから間もなく8年目を迎える編成も存在しており、近鉄車両の中で「リバイバル塗装車」という一つのジャンルが定着しつつあるように思います。

今回の【特集】記事では、2010年代から活躍する近鉄の「リバイバル塗装車」について、その変遷を中心にそれぞれを登場順で紹介します。また、外装のリバイバル化に関連して、かつて存在していた塗り分けや車両などの話題も所々で軽く触れたいと思います。


前回紹介時よりも「リバイバル塗装車」の数や各項目の情報量が増えているため、今回の【特集】記事内容は、(Ⅰ)-(Ⅷ) の計8回に振り分けて展開していきます。

若干変動するかもしれませんが、その時はその時で修正し、他記事の合間で気ままに進めていくつもりです。

今回の記事内容は (Ⅰ) です。

【特集】第4記事目 目次

【特集】近鉄のリバイバル塗装車

(Ⅰ) …1・9 [←今回内容]

(Ⅱ) …2・9

(Ⅲ) …3・9

(Ⅳ) …4・9

(Ⅴ) …5・9

(Ⅵ) …6・9

(Ⅶ) …7・9

(Ⅷ) …8・9

↓各項目 ( ) 内は、(初登場の時期/車両分類)、★は補足情報


1:6020系6051F (2012.09/一般車)

★ 6800系「ラビットカー」の登場時外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は南大阪系統の一般運用で活躍


〔参考資料1〕「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」関連プレス

〈参考1〉 過去の「ラビットカー塗装」リバイバル化

〈参考2〉6051Fの季節臨充当実績(現在までの通算)


2:15200系15204F (2013.07/団体専用車) …(Ⅱ)

★ 20100系「あおぞら」の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は標準軌線の団体貸切運用で活躍


3:コ3形コ3およびコ4 (2013.08/ケーブルカー) …(Ⅲ)

★ 1999年10月以前の塗り分けに近い見た目を再現した「復活塗装車」

★ 普段は生駒ケーブル宝山寺線宝山寺2号線で活躍


4:5800系5802F (2014.04/一般車) …(Ⅳ)

★ 大阪電気軌道デボ1形の登場時の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は奈良線系統の一般運用で活躍


5:5200系5205F (2014.09/一般車) …(Ⅴ)

★ 2250系の登場時 (特急専用車時代) の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は大阪系統の一般運用で活躍


6:8400系8414F (2018.03/一般車) …(Ⅵ)

★ 820系の登場時の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は田原本線のワンマン列車を中心とした奈良系統の一般運用で活躍


7:8400系8409F (2018.07/一般車) …(Ⅶ)

★ 田原本線が近鉄線となる前後時点の初代600系列モ660形等の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は田原本線のワンマン列車を中心とした奈良系統の一般運用で活躍


8:1440系1438F (2019.07/一般車) …(Ⅷ)

★ 志摩線が近鉄線となる前の時点で標準とされた車両の外装を再現した「リバイバル塗装車」

★ 普段は伊勢中川以東のワンマン列車を中心とした名古屋線系統の一般運用で活躍


9:リンク集

では、記事内容に移ります。

※以下、すべて2020年06月14日現在

1:6020系6051F

2020年6月時点において様々に存在する近鉄車両のリバイバル塗装で最初に登場したのが「ラビットカー塗装」です。南大阪系統で定着していたカラーリングという事で、近鉄では、同系統で活躍する6020系6051Fが復刻塗装の対象となりました。

<壺阪山駅付近/2020-04-04>

「ラビットカー塗装」は、数ある「リバイバル塗装」の中でも復活ないし復刻の機会が多く、近鉄保有車両に対する「ラビットカー塗装」のリバイバルは、6051Fで3回目でした。それぞれのリバイバル化には、それを行う何かしらの契機が存在したわけですが、6051Fの時は、吉野線開業100周年記念「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」の一環で実施が決まっています。

同キャンペーンの実施期間は、吉野線が開業100周年を迎える2012年10月25日(木)の前後で設定されており、同年9月8日(土)から 12月9日(日)までの間で様々な記念イベントが催行されました。その内の一つであった「ラビットカー塗装」の復刻は、一連イベントの最初に行う事とされており、これに間に合う形で検査・お色直し等を行った6020系6051Fが復刻塗装となっています。


〔参考資料1〕「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」関連プレス

「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」を実施(2012.07.23付発表/KINTETSU NEWS RELEASE)

「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」開始!(2012.08.10付発表/KINTETSU NEWS RELEASE)

※ いずれも新規タブで開きます


検査・お色直し等目的で2012年8月上旬に五位堂へ入場した6051Fは、同下旬(=31日)に「ラビットカー塗装」を纏って同所を出場。9月上旬(=1日)に日中試運転を行った後、8日(土)より運用を開始しています。

この日は、「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」イベントの一つである『~ラビットカーのリバイバル塗装車に初めて乗れる~ 吉野線開業100周年記念列車ツアー』の貸切列車に充当されており、ツアー名通り、貸切列車が塗装変更後の初運用となりました。

<尺土-高田市/2016-04-09>

「ラビットカー塗装」で運用を開始した6051Fは、快速急行から普通まで、南大阪線系統を走る幅広い種別列車へ充当。オレンジバーミリオン一色に白帯を巻いた見た目の姿は、かつての6800系「ラビットカー」や6900・6000系「新ラビットカー (?)」を彷彿とさせる仕上がりになっています。

「ラビットカー」の見た目を特徴づけるオレンジバーミリオンの色彩に関しては、『鉄道ピクトリアル臨時増刊号 No.505 〈特集〉近鉄特急』P79に、「~, 当時日本油脂の色彩調節委員会におられて, 1460, ラビット, 800, ビスタ, などの近鉄の色彩全般を考案された近藤恒夫先生~」との記載があり、恐らく、この人物を中心に社内で車両色が検討されたのでしょう。復刻塗装を纏う6051Fの車体色が昔の色彩に合わせられているのかどうかは不明ですが、雰囲気は合っているように思います。

ちなみに、「ラビットカー」の愛称の由来については、車輛パンフレット冒頭で以下の記載があります。

「この度近畿日本鉄道では南大阪線の輸送力、特に通勤輸送区間である阿部野橋―矢田間の増強のために16両の通勤専用電車を新造致しました。この車は先般完成した大阪線の通勤電車(1460型)の経験を基に、尚一層通勤車としての性能を向上させたもので ピョンピョン 跳び走る兎にちなんで愛称を ラビットカー と名付けました。」

車輛パンフレット『南大阪線6801型 近畿日本鉄道 Sept 1957 近畿車輛 三菱電機』P.1より引用

「ラビットカー」の言葉自体については、『関西の鉄道 No.19 近鉄特集PartⅢ』P15によると、当時の近鉄社長であった佐伯勇がその設定を命じた模様。社長自身が考案したのか社員から名前を募って社長名義の考案にしたのかは分かりません。ただ、近鉄では、「ラビットカー」が特定の車両に対して愛称を設けた最初の事例だったようです。この次の事例は「ビスタカー」で、近鉄特急の代名詞的な愛称になったという事からか、こちらは1995年から近鉄が商標権を有していますが、「ラビットカー」に関しては、2020年6月時点でも商標登録されていません。

〈上ノ太子-二上山/2017-01-01〉
<五位堂-近鉄下田/2016-09-06>

「ラビットカー」の見た目を特徴付ける大きな要素としては、先述した色彩の他、専用ロゴの添付があります。2012年のリバイバル化に際しても、各車両の車体公式側1位寄りおよび同非公式側2位寄りには、かつての「ラビットカー」同様に「ラビットマーク」が入れられました。日本初の高加減速性能車である事を象徴したこの「ラビットマーク」は、愛称由来にもある通り、地面を俊敏に駆けるウサギがモチーフとなっています。

「ラビットマーク」に関しては、『関西の鉄道 No.19 近鉄特集PartⅢ』P15 曰く、「デザインは二科会の具体派に属された吉原製油㈱社長の, 考案によるものである」とあります。一方、『近鉄電車80年』P96 や『関西の鉄道 No.36 近鉄特集PartⅧ』P30 の他、Wikipediaの「ラビットカー‐ラビットカー色」「岡本太郎-インダストリアル・デザイン」のページによると、大阪万博の「太陽の塔」などで知られる岡本太郎画伯がデザインを担当したとあり、さらにその一方で、『鉄道史料 第165号』P42 には、「マークは二科会会員の吉原治良による(岡本太郎説は誤り)(近鉄社内誌「ひかり」12巻4号(1957)、13巻1号(1958)。本誌123号)。」とあります。詳細については分かりませんが、何にしても、1950年代において鉄道車両のシンボルマークのデザインに著名な画家を起用するのは珍しい事だったようです。

<五位堂検修車庫/2019-10-20>

ちなみに、かつての「ラビットマーク」の兎ロゴには、白色のエナメル塗装で表現したものとステンレス製ないしアルミ合金製マークの取り付けで表現したものの2種類が存在したそうです。

ロゴ下にある“Rabbit Car”の英字表記に関しては、6800系登場当初からアルミ合金製文字の取り付けで表現された模様。ロゴ表現が凹凸の有無しで2種存在した一方、英字表現は凹凸有の1種のみだったようです。

<橿原神宮前 [構外] /2020-06-21>

結局、6800・6900・6000の3系列に属する車両で3パターンの「ラビットマーク」(※1) が存在したようなのですが、いずれも一般車塗装のマルーン一色化に際して取り払われて消滅しました。過去3回に渡って行われた「ラビットカー塗装」のリバイバルでは、いずれもマークと文字が再現されており、6051Fや後述する養老鉄道606系606Fは、マーク・文字共に転写式の銀色ステッカーで表現されています。

※1 かつての「ラビットマーク」については、『関西の鉄道 No.19 近鉄特集PartⅢ』「ラビットカーのシンボルマークに就いて」P15の内容が参考になります。気になる方はそちらもどうぞ。


2012年9月より、「ラビットカー塗装」の復刻塗装車として客扱いを行っていた6051Fですが、「吉野飛鳥 近鉄エリアキャンペーン」が終わり、再び検査・お色直し等を行う時期が近付くと運用を離脱。一先ず約4年間の活躍を終えて、2016年8月上旬に五位堂へ入場しました。

<五位堂-近鉄下田/2016-09-06>
<大和八木-真菅/2016-09-06>

検査・お色直し等を終えた6051Fが五位堂を出場したのは、9月上旬(=6日)です。外装に関しては、この時の入場で赤白ツートンの一般塗装に戻される事はありませんでした。2012年と同様の見た目でお色直しされた6051Fは、日中試運転(=8日)を行った後、再び「ラビットカー塗装」の復刻塗装車として運用を開始(=10日[0595レ]~)しています。観光特急「青の交響曲」の運転開始と同日の復帰でした。


〈参考1〉過去の「ラビットカー塗装」リバイバル化

この項目の冒頭でも述べた通り、近鉄保有車両に対して「ラビットカー塗装」をリバイバルする動きは、2012・2016年の6051Fに対する動きを1回として、これまでに計3回ありました。以下、当該「リバイバル塗装車」の紹介を軸に過去2回あった復活塗装化の動きをざっと紹介します。

● 6800系モ6850形C#6851[Mc]

第一回目の動きがあったのは、1987年の秋です。この時は、6800系運転開始30周年を記念するイベントが行われました。

〈 Twitter より埋め込み・引用〉

「ラビットカー塗装」のリバイバルが行われた車両は、1957年の6800系登場時に竣工した C#6851[Mc] です。復活塗装化の契機となったのは、「6800系運転開始30周年記念イベント列車」の充当でした。イベントの案内パンフレットや正面に掲出されたHMには、“甦るラビットカラー”との記載があります。

引用したTwitterにも記載されている通り、1987年当時は、塗装変更で一般車の外板がマルーン一色から赤白ツートンへ改めてられていた時期で、6800系の中にも既に赤白ツートンとなった車両が存在していました。この時のイベント列車企画は、そうした状況と6800系登場30周年の節目を上手く活用する事により、過渡期ならではの混色の見た目をさらに面白くしようと考えられて進んだのかもしれません。

イベント列車の走行機会は、10月18日(日)と11月1日(日)で2回設定されました。それぞれの日程では、充当車両や連結順序 (※2) の他、細かなイベント内容が異なっていたようです。

〈 Twitter より埋め込み・引用〉

復活した「ラビットカー塗装」に関しては、色彩や帯の太さといった細かい事は不明です。

ただ、「ラビットマーク」については、Wikipediaの「近鉄6800系電車-改造・廃車」のページによると、兎ロゴはステンレス無塗装の物を取り付けた模様。1963年度以降に竣工した車両が付けていた当時物をそのまま装着したのか、この時のイベントに合わせて新調した物を取り付けたのかは不明です。

ロゴ下の英字表記に関しては、ネットやSNS上に挙げられている(いた)画像を見る限り、突起のある物を取り付けている様子。こちらも、6800・6900・6000系のいずれかが装着していたアルミ合金製の文字なのか、イベントに際して新調した物なのかは不明です。


※2 イベント両日の充当車両と連結順序については以下の通り。各車両の見た目は、C#6851が「ラビットカー塗装」、[ ] 内の6813Fが赤白ツートン塗装、それ以外がマルーン単色です。

・1987.10.18: ←吉野 C#6851+[C#6813+C#6814]+C#6856 大阪阿部野橋→

・1987.11.01: ←吉野 C#6851+C#6853+[C#6813+C#6814] 大阪阿部野橋→


「ラビットカー塗装」に復元された C#6851[Mc] が一般の運用に就いたかどうかは分かりませんが、車両自体はイベント後まもなく運用を離脱して廃車となっています。

『鉄道ピクトリアル臨時増刊号 No.569 〈特集〉近畿日本鉄道』P232 によると、除籍された C#6851[Mc] は「ラビットカー塗装」のまま古市検車区の構内入替用機械となり、妻面寄りには C#6852[Mc] の運転関連機器を流用した入替用簡易運転台を設けたとの事です。

〈 Twitter より埋め込み・引用〉
〈 Twitter より埋め込み・引用〉

古市入替車となった後の C#6851[Mc] の見た目に関しては、上述の『鉄道ピクトリアル』誌や引用したTwitterに掲載されている画像を参考にすると、正規運転台側正面と両側面の車号および両面の渡り板が撤去された他、妻面寄りの両側面第一扉部に係員乗降用の手摺が各3本、そして各扉下に3段の梯子が追設されています。

また、簡易運転台が設けられた妻面の方は、ライトケースに収められた2灯式の前照灯 (いわゆる“ブタ鼻ライト”) が中央上部に設置されている他、簡易運転台側の出入り口を側面の客用扉に限定した故か、貫通扉そのものを交換して開閉できないよう固定化した様子です。外板に関しては、「ラビットカー塗装」の後、他の構内入替車で共通していた塗装 (=マルーン単色車体で両面に黄色帯を付した姿)に改められています。

「ラビットカー塗装」の復活塗装車となった C#6851[Mc] が古市入替車としての役目をいつ頃に終えたのかは分かりませんが、あまり話題に上がって来ない辺りから察するに、最終的には上述した見た目の状態でひっそり解体(※3)されたと思われます。

※3 『RAIL FAN (1998.08/No.548)』「◆ 保存車・廃車体一覧2 (1993) 補遺-3. 解体または撤去が確認されたもの」のリスト(P13)には、入替車化後のC#6851に関する情報があり、ここでは1996.07の確認時点で「古市工場入替車 (解体予定)」と記載されています。詳細な解体時期は不明ですが、1996.07近くの時期に解体された可能性は考えられます。


● 養老線606系606F

さて、「ラビットカー塗装」リバイバル化の第1回目は1980年代後半の出来事でしたが、続く第2回目の実現は2000年代後半まで下ります。こちらのリバイバルは、近鉄線内で行われたものではありません。

C#6851[Mc] に続いて「ラビットカー塗装」がリバイバルされたのは、C#6857[Mc] および C#6858[Mc] の2両もとい、現在、養老線管理機構の606系606Fとして活躍している編成です。

〈大垣-西大垣/2020-06-01〉
〈西大垣/2018-11-12〉

2両は、南大阪線系統から近鉄時代の養老線へ移籍した際、(モ6850形C#6857[Mc]→モ606形C#606[Mc])・(モ6850形C#6858[Mc]→ク506形C#506[Tc])となっており、電装解除したC#6858を方向転換する事で固定編成化されました。

転属にあたって必要な改造は塩浜で行われたようで、一連の工事は1994.11.29付で完了した模様。床下機器の配置変更・幌枠の撤去・車外スピーカーの設置などを終えて、養老線へと活躍の場を移しています。

2両の外板塗装に関しては、C#6857およびC#6858時代だと、共に「ラビットカー塗装」で竣工(※4)した後、1960年代後半から進んだ一般車マルーン単色化の塗装変更を経て、南大阪線所属末期に赤白ツートン塗装へと変遷しています。

その後、南大阪線から養老線転属を経ても、しばらくは赤白ツートン塗装 (裾帯や屋根周りのマルーン色付けを省略した塗り分け含む) で推移しました。2005年10月の検査・お色直し等実施時以降は再びマルーン単色となっており、養老線が養老鉄道運営下となった後も約1年半少し単色を維持しています。

※4 『キャンブックス 近鉄電車』「4⃣南大阪線系統-④高性能時代の車両-モ6800形・モ6850形」P196に、「ラビットカー塗装」時代のC#6857を写した記録が掲載されています。また、606Fの2両と同時期製造のC#6856に関して、『鉄道史資料保存会 近鉄電車80年』「ラビットカー」P97に竣工直後と思しき同車を写した記録が、『私鉄ガイドブックシリーズ4 近鉄 (1970)』「モ6850 (51~58)」P160に検査・お色直し等を終えてマルーン単色となった直後と思しき同車を写した記録が掲載されています。気になる方はそれらも参考にどうぞ。

〈東方操車場/2016-03-13〉

養老鉄道発足後、606Fに対して「ラビットカー塗装」を復活させるとのアナウンスがあったのは、2009年8月上旬(=情報公開4日・養老鉄道公式サイトでの発表6日)です。この時の606Fは、2回目の車体更新 (→ 以下、B更新と呼称) を行うべく、同年6月上旬(=5日、別日の塩浜回送経由)に五位堂へ入場しており、この更新明けの出場以降、現在に至るまで「ラビットカー塗装」の復活塗装車となっています。

「ラビットカー塗装」復活の契機については、この時は特にこれといって記念すべき節目に合わせた様子はありませんでした。ただ、B更新や検査・お色直し等の実施時期というのは、恐らく、リバイバル化然り外板塗装の大幅な変更を行うタイミングとして適当なのでしょう。6051Fの場合は、節目に間に合う適当な車両を「ラビットカー塗装」の復刻塗装車とした様子でしたが、606Fの場合、塗り替える車両が予め定まっているので、「ラビットカー塗装」の復活企画自体もこの時期に合わせる形で進められた可能性がありそうです。

また、「ラビットカー塗装」の復活と近い時期にあった参考になる出来事として、同じく経営難を背景に近鉄から分離された伊賀鉄道が、近鉄から貸与されていた860系2編成に対して復活塗装化や復刻塗装化を施す取り組みを行っていた事が挙げられます。車両そのものも客寄せ要素に仕立て上げるという観点からみれば、こうした動きに触発されて、かねてからのマルーン単色化の流れに加える形でリバイバル化を行った節は考えられそうです。

〈播磨-桑名/2017-08-14〉
〈東方操車場/2016-03-13〉

B更新を終えた606Fは、2009年8月中旬(=18日)に五位堂を出場し、そのまま塩浜へ入場しました。

一連の入出場に際しては、モト90形2種に標準軌線上での走行をアシストされており、606Fは、(五位堂-塩浜) を C#97[McF] と C#98[McF] に挟まれる形で、(塩浜-桑名-東方操車場) を C#94[McF] と C#96[McF] に挟まれる形で移動しています。

ちなみに、五位堂出場時点における606Fの外板は、2両ともオレンジバーミリオン一色の状態でした。白帯や「ラビットマーク」の取り付けは、塩浜入場後に同所で行われています。マークのロゴや英文字については、先述の通り、銀色の転写式ステッカーで表現されており、これは現在も同じ状態です。

〈東方操車場/2016-03-13〉
〈西大垣/2020-06-01〉

登場時に近い姿へ戻された606Fは、9月上旬(=3日)に塩浜を出場。東方操車場へ到着後、午前の内に台車を振り替え、午後には日中試運転を行っています。

客扱い開始は9月中旬からで、初運用は、「ラビットカー塗装」復活イベントの一環として13日(日)にツアー形式で開催された「試乗会」の団体貸切列車でした。記念入場券や関連グッズ5種もこの日から販売開始となっており、翌14日(月)からは一般列車への充当も始まっています。

以降、現在に至るまで、養老線606Fの「ラビットカー塗装」は継続中です。

606Fの種車となったモ6850形2両は、1963.05.30付竣工の6800系最終増備車群に含まれる車両なので、先日に竣工から57年目を迎えたわけですが、2019年度完了の東急7700系転入によって置き換えられる事なく現役を続行しています。

〈伊勢朝日-川越富洲原/2017-08-14〉
〈西大垣/2020-06-01〉

2009年度以降の606Fは、現在までに2回(※5)、検査・お色直し等目的で塩浜へ入場しており、それぞれの出場でATS-SPの設置やパンタグラフの [下枠交差形→シングルアーム形] 化などの変化がありました。

また、並行して車両の所属も変化しており、まず 2014.04.01付で近鉄が養老鉄道へ車両を貸与するスタイルを終了した事により、606Fを構成する2車両は近鉄から形式消滅。その後、一旦は養老鉄道の保有車となっていますが、2018.01.01付で一般社団法人養老線管理機構の管理下に置かれる事となり、現在はこの法人が養老鉄道へ車両を貸与するスタイルで編成が運用されています。


※5 2009年度以降における606Fの塩浜入出場時期については以下の通りです。

・2013.07.01:塩浜入場(検査・お色直し等目的)

・2013.09.05:塩浜出場(検査他、ATS-SP装備)

・2017.08.14:塩浜入場(検査・お色直し等目的)

・2017.10.23:塩浜出場(検査他、パンタグラフ交換)


〈西大垣/2020-06-01〉

養老線を走る元近鉄車両の塩浜入場は、廃車等のイレギュラーを除いて約4年周期で行われているようなので、順当に考えるなら、次に606Fが塩浜へ入るのは2021年度の夏から秋にかけての時期という事になります。

モ6850形として1963年度に竣工した当時の「ラビットカー塗装」が復活してから、早くも10年が経過した606Fですが、現状、その姿で累計約12年の活躍は見込めそうです。

〈参考1〉


養老線の606系606Fが、今のところ3期12年見込みで「ラビットカー塗装」を纏っているのに対し、2016年度から2期目の「ラビットカー塗装」を纏う6020系6051Fは、順当なら検査・お色直し等を行う時期がそろそろです。

こちらに3期目があるかどうかは不明ですが、今【特集】(Ⅰ) の最後は、養老線606Fとの簡単な外観比較も交えながら、「ラビットカー塗装」復刻塗装車として2期目の活躍をする6051Fの姿をざっくり紹介して締めにします。

〈左:橿原神宮西口-橿原神宮前/2016-06-04〉
〈右:橿原神宮前:2020-06-11〉

まずは正面です。第1期・第2期共にオレンジバーミリオン一色に白帯の外観となっています。C#6051[Mc] の正規運転台側にある貫通幌は、第1期の五位堂出場後試運転終了後に [赤幌(FRP) → 灰幌(FRP)] へ交換されており、初運用の貸切列車充当時点では灰幌を装着していました。標識灯の光源については、2019年2月下旬にライト基板の交換が行われており、現在は従来のハロゲンからLEDへと変更されています。

車内に関しては、1期終了後、五位堂での検査・お色直し時に座席のモケットが更新されており、2期では内装の色調が若干変化しました。

〈橿原神宮前:2016-08-04〉
〈橿原神宮前:2020-06-11〉

編成全体に回る白帯については、第1期から第2期へ移行する際、その巻き位置が若干ながら下げられました。厚さについては、第1期の分を計測していないので何ともですが、恐らく同じかと思われます。

養老線606Fの白帯に関しては、[第1期→第2期] で若干下がり、[第2期→第3期] で大分と上げられています。今の所、現在の第3期の帯位置が過去一番高い状態です。

〈橿原神宮前/2016-09-07〉
〈橿原神宮前/2016-09-07〉
〈西大垣/2020-06-01〉

帯の回り込みに関しては、6051Fの場合、第1期・第2期共に妻面へ白帯が入れられる事はありませんでした。

一方、養老線606Fは、第1期から第3期の全てにおいて妻面まで白帯を回り込ませています(配管含む)。竣工当時の6800系やその後の6900・6000系では、妻面まで白帯を回り込ませていた(配管含まず)ようなので、妻面外観の再現スタイルとしては、養老線606Fの方が近いという事になりそうです。

白帯は、所属検車区でなく検査・お色直し等を行う場所で入れる事にしているようで、6051Fの場合は五位堂検修車庫、606Fの場合は塩浜検修車庫にて出場前に帯入れする流れとなっています。

〈橿原神宮前/2020-06-11〉

妻面白帯の有無に関しては、6051Fの場合、第1期開始時点で車両間に段違いタイプの転落防止幌を設置しているので、見た目の点では、妻面まで白帯を回り込ませる必要性が薄かったのかもしれません。

他、白帯入れにかかる手間や、12600系以前の特急車が2000年代初頭から妻面への回り込み塗装を廃していた事も、妻面の白帯省略を後押ししていそうです。

<橿原神宮前 [構外] /2020-06-21>
<橿原神宮前 [構外] /2020-06-21>

白帯入れについては、外装を見る限りだと、オレンジバーミリオン一色塗りの後に色入れした様子があります。車番の色入れについても同様の手順を踏んでる様子があり、こちらは銀色です。

〈西大垣/2020-06-01〉

一方、606Fは、過去3回とも車体をオレンジバーミリオン一色にした最後に白帯 (と「ラビットマーク」) 入れを行っているようで、こちらは現在も車体間の転落防止幌が設けられていません。

白帯は、塗装というよりもオレンジバーミリオン一色塗りの最後にラッピングで表現している様子があります。606Fの妻面白帯は、マーキングフィルムを貼れる所まで貼った結果として実現しているのかもしれません。

〈橿原神宮前-畝傍御陵前/2016-09-06〉
〈橿原神宮前/2020-06-11〉

「ラビットマーク」については、上述している通り、各車両の車体公式側1位寄りおよび同非公式側2位寄りで1両あたり2か所に入れられています。この取り付け位置は、過去3回のリバイバル化で共通しており、1960年代に「ラビットカー塗装」を纏った多くの車両でも同じでした。

ちなみに、「ラビットマーク」の取り付け車両について細かな事を言えば、1960年代に「ラビットカー塗装」を纏った車両の中でT車に分類される3両(=サ6150形) は、近い将来のマルーン単色化を見越した故か、マークを付けずに竣工しています(※6)。「ラビットカー」の見た目要素を併せ持つ車両を視る際、この点を考慮するのであれば、「ラビットマーク」も取り付けた 6051F C#6171[T] は、復刻塗装化で初出の見た目を有する「ラビットカー塗装」のT車という事になりそうです。

※6 『私鉄ガイドブックシリーズ4 近鉄 (1970)』「ク6100 (01~14)/サ6150 (51~53)」P163 に「ラビットカー塗装」を纏ったC#6152を写した記録が掲載されています。気になる方はそちらも参考にどうぞ。

〈全て第2期の6051F/2017年度-2018年度で撮影〉

6051Fが「ラビットカー塗装」の復刻塗装車となった後の運用実績については、私自身が運用に疎いので多くは分かりませんが、それでも1期・2期を問わず特筆できる事として、季節毎の臨時列車やイベント列車へ積極的に充当されてきた事が挙げられます。

季節毎の臨時列車に関しては、1期開始間もない頃に、6051Fを正月期の臨時急行「開運号」へ充当する事を告知するプレスが出されています。こちらの列車に関しては、2012年度から2018年度までの7年間、6051Fの充当機会が毎度存在していました。また、「開運号」ほどの充当日数はありませんが、春期運行の「さくら号」やGW期(ツツジ開花期)前後運行の「葛城高原号」にも、それぞれで累計7日間、復刻塗装化後の6051Fが充当されています。


〈参考2〉6051Fの季節臨充当実績(現在までの通算)

●「さくら号」

① 2014.04.14(月) … 往復 (6923レ → 7522レ) ※ 初回充当

② 2015.04.10(金) … 往復 (6923レ → 7522レ)

③ 2017.04.07(金) … 往復 (6923レ → 7522レ) ※ 第2期の初回

④ 2018.04.06(金) … 往復 (6923レ → 7522レ) 

⑤ 2019.04.10(水) … 往復 (6923レ → 7522レ) 

⑥ 2020.04.04(土) … 往復 (6923レ → 7620レ) 

⑦ 2020.04.05(日) … 往復 (6921レ → 7524レ) 

●「葛城高原号」

① 2013.05.06(月/祝) … 往路 (6943レ) ※ 初回充当

② 2015.05.09(土) … 往路 (6941レ)

③ 2017.05.05(金/祝) … 往路 (6941レ) ※ 第2期の初回

④ 2017.05.06(土) … 往路 (6941レ)

⑤ 2017.05.07(日) … 往路 (6941レ)

⑥ 2018.05.04(金/祝) … 復路 (7540レ) ※ 復路初充当 

⑦ 2018.05.12(土) … 復路 (7540レ) 

●「開運号」

[2012年度]

① 2013.01.01(火) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ) ※ 初回充当、2枚看板掲出

② 2013.01.02(水) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

③ 2013.01.03(木) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

[2013年度]

④ 2014.01.01(水) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ) 

⑤ 2014.01.02(木) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

⑥ 2014.01.03(金) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

[2014年度]

⑦ 2015.01.01(木) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ) 

⑧ 2015.01.02(金) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

⑨ 2015.01.03(土) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

[2015年度]

⑩ 2016.01.01(金) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ) 

⑪ 2016.01.02(土) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

⑫ 2016.01.03(日) … 3往復 (7023レ ~ 7520レ)

[2016年度]

⑬ 2017.01.01(日) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ) ※ 第2期の初回、3本目初充当

⑭ 2017.01.02(月) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ)

⑮ 2017.01.03(火) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ)

[2017年度]

⑯ 2018.01.01(月) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ) 

⑰ 2018.01.02(火) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ)

⑱ 2018.01.03(水) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ)

[2018年度]

⑲ 2019.01.01(火) … 3往復 (7121レ ~ 7522レ) ※ 前年度まで掲出の復刻版角型特殊看板は非掲出

⑳ 2019.01.02(水) … 2往復 (7123レ ~ 7430レ) ※ 4本目初充当

〈参考2〉


これまでの季節臨充当状況を概観すると、3列車への充当回数は、第2期開始後の2017年度が最も多いです。ただ、第1期開始後から定番となっていた「開運号」への充当機会は、この年度以降で規模が縮小されて現在に至ります。一方、第2期に入ってからは「さくら号」への充当が定番化しており、コロナ禍にあった2020年度の春は、リバイバル化されてから初めて2日連続の充当となりました。

〈上ノ太子-二上山/2016-12-18〉
〈上ノ太子-二上山/2016-09-08〉

2020年度で「ラビットカー塗装」を纏ってから8年目を迎える6051Fですが、上述した通り、順当なら間もなく検査・お色直し等を行う時期となります。

個人的には、復刻塗装化以来お馴染みであった「開運号」の充当機会が縮小された辺りから、そろそろ終わりなのかなと安直に考えてしまっているのですが、やはり、養老線606Fのように3期目を迎えるのかどうかは気になる所です。


かつての「ラビットカー塗装」は、1957年の初出から一般車外装をマルーン単色で統一する1960年代後半までの間、約10年少し現役だった見た目です。なので、もし6051Fが復刻塗装3期目に入るのであれば、養老線606Fと同じく、復活・復刻化した見た目がリバイバル化の元となった見た目より長く現役する事になりそうですね。

次の検査・お色直し等を終えた6051Fの見た目がどうなるのかは分かりませんが、他の気になる車両の動きと併せて入出場動向には着目しておこうと思えます。

今回の記事は以上です。

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近鉄電車が見える家で育った鉄道オタク。車両の差異や変遷に興味あり。鉄道の他に鳥も好きで、最近は鳩に癒される事がしばしば。
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